御土居

別名 京都総曲輪  付近住所 京都府北区大宮土居町 他 現在- 
2009/10/3 碑・案内板アリ 日本城郭大系


豊臣秀吉  天正19年(1591)豊臣秀吉が、長い戦乱のため荒れていた京都に都市計画を行ったとき、外敵の来襲に備え、その防塁として築いた土塁(土居)である。その範囲と構造は右図のとおりで当時の京都の周囲をめぐり、延長実に23キロメートルにおよび、これによって洛中・洛外が分けられていた。
 諸国道への出入口を設けていたが、鞍馬口・荒神口・丹波口などの地名は、その名残りである。
 また、京都市立室町小学校校庭には、是よ利洛中荷馬口付のもの乗辺から・・・」(もと清蔵口町所在)と刻んだ石柱が移されている。
 昭和5年(1930)7月8日市内に残るお土居のうち8ヵ所が、京都の沿革を知るうえに、また、広くわが国における都市の発達をたどるうえにきわめて重要な遺跡として「史跡」に指定された。
 昭和40年10月さらに1ヵ所(北野天満宮境内)が追加指定され、現在9ヵ所が指定地となっている。